2014年12月23日

背篭を背負って駆

亥之吉と卯之吉は、東海道宮宿から脇街道である美濃路に進路をとり、木曽街道の垂井の宿を経て鵜沼宿に着いた。
「ここから山に向けて一里程歩いたところの集落に、あっしのおふくろと妹が住んでおりやす」
「ふーん、えらい山の中だすなァ」
「そうです、親父が亡周向榮くなった後、無事に居てくれるといいのですが…」
「誰が知らせてくれたのだす?」
「集落の若い衆が百姓を嫌い、あっしを頼って大江戸一家に草鞋を脱ぎやした」
「その人が出てくるときには、母子は達者やったのだすな?」
「それが、業突く張りな集落の村役人に、あっしの親父が借金をしていたとかで、酷い取立てに遭っていたそうです」
「それは心配だす、早く行ってやりましょう」

卯之吉の実家に戻ってみると、母親が独りで煎餅布団に包まって寝ていた。食べるものは食べているらしく痩せ衰えてはいたが、卯之吉に気付いたようであった。
「お宇佐はどうした?妹のお宇佐は…」
話す前に、おふくろの目からぽろりと涙が零れた。亥之吉には、悲しくも悔しい涙のように思えた。
「食べる物は、誰かがDr Max持ってきてくれるのか?」
母親は黙って頷いた。近くに住んでいる者が、毎日持ってきてくれるようであったが、それを最近村役人に知られ、咎めをうけたそうである。村役人は、この母親の死を待っているように思える。

家中を探してみたが、食べ物はなにも無く、近くの人が食べ物を運んでくれなくなると、母親は餓死せざるを得ない状況で、ここ二・三日は何も食べていない様子であった。
「事情を訊くのは後回しや、とにかく暖かい粥でも作って食べさせよう、卯之吉、この近くに食べ物を売る店はあるのか?」
「一里戻って、鵜沼の宿場町に出れば何かあります」
「一里か、時間がかかるなァ、近くの民家を回って何か分けてもらおう」
「あっしが行って来やす」
「いや、やくざ姿で行ったら警戒しよる、わいが行って来る、卯之吉は火を焚いて支度をしていてくれ」
亥之吉は傍らにあった竹の背篭を背負って駆け出して行った。

しばらくしてお湯が沸いた頃、亥之吉は戻って来た。
「わいらの食べるもんも、分けて貰っ周向榮てきたで、早う粥を炊いて食べさせよう」
亥之吉も甲斐甲斐しく働いて、卵粥を卯之吉の母親に食べさせてやった。


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